HIDEKI MATSUYAMA Sponsored byNTT DATA
Column
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#03

2022.03.14

細部にこだわる

テクノロジーの活用はスポーツの世界においても、もはや見過ごすことができなくなった。ゴルフはスコアを争うゲームである。ストローク数の少なさを競い合い、ツアープロとなればその小さな差が人生を左右する。

1打でも少なくホールアウトするため、ゴルファーは日々、肉体や技術を磨き抜くが、データ分析やそこから得られる情報の応用もまた、パフォーマンス向上を支える要素と言える。近年は単純なスコアの統計だけでなく、高度な計測器を用いてプレーヤーの打球の質を細密に数値化できるようになった。算出データは一般的なクラブを振る速さにはじまり、多岐に及ぶ。インパクト前後のヘッドの向き、ボールスピード、スピンの量、弾道の高さや左右の曲がり幅…。持ち運びが可能な弾道計測器は1台あたり数百万円といささか高額だが、超一流プロが集うPGAツアーにおいてはいまや選手の必需品になった。

松山英樹も練習で足元に計測器を置き、スイングを繰り返すひとり。細部にわたる調整では画面上の数字とにらめっこしながら、身体やクラブの動きと向き合っている。

モニターに表示される指標のうち、例えば試合前であれば、松山が何よりも優先してチェックするのはスイングスピードだという。「きょうの自分が、どういう状態かというのを見るようにしています」。どんなアスリートであれ、コンディションは日々同じでない。松山はティオフの3時間半以上前に起床し、専属トレーナーによるケアを受け、ウォーミングアップで息を切らしてからコースに入る。そうルーティンを崩さずとも「身体のキレやスイングスピードは変わってしまう」。だからこそ、「誤差を見る」作業が欠かせない。

「朝ならば体が硬くスピードは出ませんし、午後でも気温差で出ないこともある。夏と冬でも飛距離は違う。同じ試合でも初日と最終日、優勝争いをしているときと、まったく関係ないときでも違うんです」。ゴルファーにとって各クラブの飛距離が安定しないのは致命的である。トッププロならば尚更だ。

松山はドライバーをスイングした際、最低でも52m/sという数値を必要としている。「52m/sは出ないと、テコ入れしなければならない、本当に調子が悪いなと思う」。これが例えば、昨年10月に優勝した「ZOZO CHAMPIONSHIP」の際には54m/sにも到達した。「マスターズのときはもうちょっと出ていました」。内面の感情が体の動きに影響することは多い。

データと向き合う――。その上で彼自身がいまも変わらず大切にしているのが「出てくる数字をどこまで信用するかがすごく大事」という信念めいたものだ。客観データは普遍性を担保するのに有効だが、ボールを打つのは日々変わる生身の人間でしかない。「データを追ってばかりでは自分のフィーリングや、自分がやろうと思っていたことを忘れがちになってしまう」。スコアを縮めるためのツールであるスイングデータに翻弄されては本末転倒。ゴルファー自身がその数字に意味を持たせてこそ、プレーの質の向上につながる。

アスリートが持ちうる人並外れた感覚と、革新的なデータ戦略は彼らを前進させる両輪を担っている。昨年、スイングの改造に本格的に着手した松山は、頭に描く理想の動きと計測器が示す数値との誤差を縮めていった。擦り合わせの作業はグリーンジャケット獲得に至る勝因のひとつになった。

歓喜から一年。2022年のマスターズは、ジャック・ニクラス、ニック・ファルド、タイガー・ウッズのわずか3人が成功した連覇をかけた戦いに、初めて日本人選手が挑戦する。王者として迎えるメジャーを控えたいまも、松山はただひたすらにボールを打ち込んでいる。テクノロジーを活用し、内面と対話しながらベストを追求する日々。オーガスタのティに再び立つ瞬間まであがき続ける。