HIDEKI MATSUYAMA Sponsored byNTT DATA
Column
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#08

2023.10.19

松山英樹の準備力。
母国でタイトル奪還の秋

熱狂のティオフ時刻のおよそ1時間半前、車はバックヤードから会場の門をくぐる。

 クラブハウスで身支度を整えた後、最初に足を踏み入れるのはパッティング用の練習グリーン。そこで15分ほどボールを転がしてから、ゆっくりとドライビングレンジへ歩く。

 片手で握ったウェッジで、小気味よく弾かれる地面の真っ白い球。手元のクラブはアイアンからフェアウェイウッドにドライバーと、短いものから長い番手へと移っていく。

 基本動作を丁寧に繰り返し、ゲームづくりへの感覚を呼び覚ます。いよいよ打撃練習場を去ると、刻一刻と高まる緊張感に身を寄せながら、チッピング、バンカーショットをチェック。最後にもう一度、使い慣れたパターの動きを身体に染み込ませ、チームスタッフと互いの拳を合わせてティイングエリアに向かう。

 もう何年も変わらない、松山英樹のラウンド開始前の一連の流れである。

 よく晴れた日も雨の日も、冷え込んだ早朝、あるいは猛暑の昼下がりのプレーを前にしても、変わらないルーティン。なんだか儀式めいた長い時間のようで、これらは日々の準備の一端に過ぎない。

 ゴルフ場に姿を見せる前、松山はティオフから約3時間半前に起床し、その週に滞在している宿舎で身体を動かす。自室やジムで入念なストレッチで体を起こし、ランニング、トレーニングで目一杯、汗をかく。日々異なるコンディションやゴルフの調子を踏まえてマイナーチェンジを施しながらメニューを遂行し、10年という月日を最高峰のプロゴルフの世界、PGAツアーの第一線を駆け抜けてきた。

 準備という意味では、必ずしもそれはラウンド前のシーンだけがすべてではない。各日の18ホールを終えた後に行う打ち込みは、翌日だけでなく、もっと先を見据えた鍛錬と言っていい。きょう、あの局面で、体は、心はどう反応したか。細部にわたる現状把握と理解を進め、目指すべき自らの姿との距離感を縮めるための努力を重ねている。

 20代前半で渡米して以来、松山の連日の練習量の多さは外国人選手やアナリストから感嘆の声が漏れるほど。日本一のプロゴルファーが天賦の才だけの持ち主でないことを多くの人が知るのに、時間はそうかからなかった。

 本人にすれば、舞台裏の準備は殊更、他人に誇るべきエリアではないという。プロアスリートはあくまで試合中のパフォーマンスや結果で観る人を魅了するのが本分に違いない。

 確かに30代に差し掛かる頃から、松山の肉体的な異変は戦績にも色濃く影響するようにもなった。首や背中、腰に痛みを発症し、練習もトレーニングもかつてとは同じ量をこなせないことを認めている。

 とはいえ、彼のゴルフとの本質的な取り組み方が変わったかと言えばそうではない。その姿を日々、隣で見てきた人の証言だ。2019年からバッグを担いできた早藤将太キャディは、松山を中学、高校、大学生活をともにした後輩として仰ぎ見てきた。卒業後は自身もプロとしてツアーに出場。世界の厳しさの一端を知るからこそ、思うところがある。 

 「僕が見てきた限り、松山さんほど練習中から一球一球に真剣に向き合うプロゴルファーはいない。ボールを打つにも、適当に100球をこなすのと、真剣に10球を打ち込むのではまったく違うと思うんです」

 非情にもゴルフは“運”が結果を大きく左右するスポーツのひとつでもある。プレーする時間帯によって雨風の激しさや気温差が異なり、ボールが落ちる地点がほんの数センチ違うだけで、歓喜が一瞬で失望にも変わる。

 そんな不条理さを幾度と味わってきても、ゴルファーは、松山は日々の小さな積み重ねをやめない。

「勝つために必要なことをしている人が運をもらえると思う。勝てない人はそれがちょっと違った方向に向かっているのかもしれない。その運を、自分が引き寄せられるように練習しています」(松山)

 秋――。2023年は仕切り直しの季節。松山は今年、PGAツアーの年間ポイントレースで50位に終わり、本格参戦初年度の2014年から続けてきた、30人のエリートによるプレーオフシリーズ最終戦進出を逃した。リスタートを切るべく、母国で行われるトーナメントに普段米国でしのぎを削る世界のトッププレーヤーとともに参戦する。

 視線の先にあるのはタイトルの奪還に他ならない。出場試合がなかった期間、国内外で誰に悟られるでもなく、今ある課題を見つめながら黙々と準備を進めてきた。

 2年前に日本でトロフィを掲げた際、松山は「ファンの皆さんの応援のおかげで勝つことができました」と語った。必ずしも本調子ではなかった自分の背中が、大声援に後押されたのを、昨日のことにように思い出す。

「今年はまず、応援が力になるところまで自分自身を持っていかないといけない。最終日の優勝争いに絡めるように、“スタートライン”に立たなければ」

長らく積み重ねてきた日々で掴んだのは、メジャータイトルに代表される輝かしい実績に留まらない。ゴルフコースに響き渡る幾重の声援。松山が誇る、大きく、何物にも代えがたい武器である。

2021年から松山英樹選手を協賛しているNTTデータは、課題解決のための揺るがない意志、時流を見極める洞察力はトップアスリートだけでなく、企業にも通じるものがあると考えます。豊かな未来社会の創造のため、NTTデータの挑戦はこれからも続きます。